生い立ち1

出生

父方は銀行の頭取や弁護士、母方は教育者の 家系にお生まれになりましたが、お母さまは先生お一人をお産みになったあと、産後の肥立ちが悪く、まもなく亡くなられてしまいました。

初孫だった上に母親がいなかった分、御祖父母の愛情を一身に受けてお育ちになりましたが、御祖母も先生の幼児期に癌で亡くなられてしまいました。

御曾祖母は、亡くなる直前まで頭脳が明瞭で、勘の鋭い方でしたが、先生を 「神様の子」と呼び、多くのひ孫たちの中でも、とりわけ先生を大事になさっていました。

先生はまだ物心がつくかつかないかの頃から、子どもが知り得ないようなことを口に出され、周囲の大人たちにアドバイスすることがあったといいます。

お母さまや御祖母を早くに亡くされたせいでしょうか、先生は、人はどうすれば幸せになれるかということを常々考えられていました。
哲学を勉強していたという お母さまの血 もあったのかもしれません。

周囲に翻弄され、さまざまな辛苦をご経験されましたが、そのような辛苦が先生には不可欠だったのでしょう。
その中で、人を幸せにする 能力を神様 がくださったようです。

幼いころは、ほかの人たちもご自分と同じように見えているのだろうとお思いになり、長い間、自らの能力に気づかずにいらっしゃいました。
しかし、20代になり、はじめは周囲の方々が気づき、次第に先生ご自身、ショックを感じられるとともに、戸惑いながらも、自らの特異な能力を自覚せざるを得なかったようです。

それは、周囲を驚愕させるような鋭い透視能力でした。

もともと持っていた能力が、いろいろな辛苦の中で、さらに磨かれていったようです。

活動

社会に出られた当初は、東証一部上場の大企業に勤めておれらました。
その後独立し、20代ながら、ご自身でいくつか事業をされるようになりました。
どのようにすればうまくいくかがお分かりになるので、
当然、どの事業もすべて初月度から黒字でした。

そのうちに、先生の能力を知る経営者の方々からのご依頼で、
個別に経営相談にのられたり、
ニューオータニなどのホテルで講演されるようになりました。

さまざまな方々から、ご相談の依頼をお受けされるようになりましたが、
人様に 厳しいことを進言しなければならないことが多い このお仕事を、
先生自ら進んでやりたいとは正直考えておられませんでした。

世の中のお役に立っておられる、素晴らしい経営者の方々や、大学教授などの有識者の方々から、この能力を人のために役立てるべきだと、ご意見がありましたが、先生ご自身が、それを受け入れて 仕事 としてやっていくことに、長い間ためらいを感じられていました。

しかし、度重なる強い 要望 を断りきる強さもなく、また、仕事に出ることを反対していたご親族からも、この仕事なら人様のお役に立てるからとのお言葉もいただいたため、ご相談をお受けする仕事を始めるようになられました。

すると、テレビやラジオから声がかかり、ご出演なさるようになりました。
また、新聞社から取材をお受けになることもありました。

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