辛く苦しい思いをしている人がいたら、「すぐに飛んで行って、助けてあげたい」 との想いを込めて、「バード三由起」と自らを名付けられた。

これまで大学教授、一流の経営者、政治家、脳外科医等、博識・見識ある方々から認められ、その方々を夢・希望の達成へと導いてこられた。

「日本の宇宙・ロケット開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士(故人・元東京大学教授)が、晩年、療養先の小渕沢(山梨県)で、「バード三由起先生に五分でもお会いしたい」と、要請された程である。その要請を受け、バード三由起先生は、偶然にも糸川博士の後輩に当たる東京大学航空宇宙工学科卒業の秘書(後に、今後環境問題も必要と考え、東大大学院地球システム工学専攻へ進学)を伴って、博士の療養先でご相談をお受けされた。なお、2003年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」が着陸した小惑星「イトカワ」は、糸川博士にちなんで名付けられたものである。

父方は、弁護士、頭取を輩出し、教育や人材育成に力を注ぎ、母方は政治家、教育者を輩出した家柄である。母親も結婚前は教鞭をとっていたが、産後しばらくして病死した。その後の生涯を含め、バード三由起先生は、涙無しに語れぬ辛苦を乗り越えて来られた。

また、肝臓・腎臓・乳腺・胃・腸等を患い、8 回以上の入退院を繰り返し、身体の65%以上の範囲に及ぶ病気をも克服されてきた。どの病院でも、院長や教授(それも治療対象の医療分野で世界的権威と言われる方)など、トップレベルの医師の方々に診ていただける不思議な巡りあわせの連続であった。治療の最中、バード三由起先生ご自身の回復力・生命力の強さに、「すごい精神力ですね」と、医師の方々が驚嘆の声をあげていた。なお、バード三由起先生の望み通りに治療してもらった箇所は綺麗に完治したが、医師が自身の判断で治療した箇所は傷痕が残った。

一方、全身にガンが転移した医療関係者が、バード三由起先生の助言に従い治療したところ、完全寛解したケースもある。通常、ガンが進行した患者の場合、食欲がないのはもちろん、水分の摂取すら困難なことがあるが、当人は、手術の翌日に「お願いがあります。ご飯おかわりを頂けませんか。」と食欲を見せる不思議な経過を辿り、復帰していった。

また、コロナの症例が確認される数年前に、今後世界がどうなるかを問われ、「病原体が蔓延し、天変地異が起きる」とコロナ禍の発生を予言されていた。

その他にも、教育・経営・会社の人事異動などさまざまな分野でご相談者の希望を叶え、通常ではあり得ない奇跡的な結果へと導かれている。

とりわけ、自らの経験を踏まえ、さまざまな境遇の子どもたちの力になりたいと、教育活動に力を入れてこられた。決して初めから優秀であった訳ではない生徒たちを、バード三由起先生ならではの方法論で、全国一位の成績へと導いてこられている。生徒たちは成績が劇的に上がり、8 割以上が医学部(そのうち 9 割は国立大学医学部)へ進学している。

バード三由起先生は、上記能力をお持ちでありながら、ご自身では特殊なものとは感じておられなかった。 走馬灯のように人の人生が視えることについて、権威ある教授方から、「その力は超四次元・超能力の世界ですよ」と言われて初めて気づかれた次第である。

そのため、当初はマスコミ・世間に出ることを避け、知る人ぞ知る中でのみ能力を活用されてきたが、有識者の方々から、「天から授かったその能力を 広く世のため人のために 役立てて欲しい」と背中を押されてきた。

そこで徐々に活動を始められているが、能力を発揮される際には甚大なるエネルギーを消費するためか、多めに飲食をしなければ、ふらつくほど体力を消耗される。 しかし、ご自身の決意としては「自分は水を飲んでも頑張っていこう」と、世の中の困っている方々のために活動しておられる。